フライブルクという町の名は自由都市というほどの意味である。
ブルクは城塞の意味が強いが、周壁に守られた都市はいわば城塞に等しかった。
日本でいえば平安時代も末に近い一二八年、現在の市域の北端にあたるツェーリングの地に居城があり、その名を家名にしたツェーリング公ベルトルト三世という男が、この地に新しい都市建設を計画してケルンなどから商人や職人を招いた。
公の名に値するほどの大領地を持たなかった彼は、都市と市場という経済的、政治的基盤に活路を求めたのである。
少しいびつな円形のほぼ中央部に広い道路を通して市場を兼ねさせ、その両側に間口と奥行きが一対二の比率の区画で家並みをそろえる。
この大通りと交差する街路、並行する街路を設け、中心部に教会を建て、水利を利用し、周壁をめぐらし五つの門を設ける。
つまり自然発生的ではない、最初の計画的中世都市が建設され、「自由都市」という魅力的な名称が与えられたのであった。
はずみがついたと言うべきか、ツェーリング公の建都熱は、フライブルクに続いて、少し北にオッフェンブルク、シュヴァルツヴァルトの山を越えた東側にフィリンゲンを産んでこの付近一帯の支配権を確立し、後にはスイス西部に第二のフライブルクを、そしてゾロトゥルン、ムルテン、ベルンを産んだのであった。
これらの町の中心部は基本的には同じ設計思想による姉妹都市であったといえよう。
中でも第一のフライブルクとスイスの首府ベルンは建都公ツェーリングの代表作とみなされている。
日本では故上原専禄教授がこの建都史研究の先鞭をつけられたと記憶している。
フライブルクの中心は何といってもミュンスターだろう。
二一〇〇年頃に着工、約三〇〇年かけて、一五二〇年に完工した赤い砂岩の「聖母教会」は、二六メートルの塔を含めて中世に完成したドイツでほとんど唯一のゴシック大聖堂であり、なによりもその姿の美しさで知られている。
野を越え山を越えして旅する人の目に、西日を浴びて輝くミュンスターの塔はどんなに大きな慰めであったろうか。
緑の城山を背にした赤い砂岩の聖堂、路地の片隅からのぞく聖堂、南側の広場に近郊農民の市がたち、北側の広場にカフェのパラソルが並び、西側の噴水の傍らで音楽生が笛やヴァイオリンを鳴らしている、広すぎもせず狭すぎもせぬ周囲の広場と、壮麗ながら量的威圧感を感じさせぬ大聖堂とは、ひとつの調和空間を構成している。
そこでは復活の思想を反映して朝日を浴びる東に祭壇が、夕日を浴びる西に塔と、聖堂全体が正確に東西方向に建てられている、などという説明などすっかり忘れ去るほどだ。
六月の末には毎年この広場でワイン祭がある。
屋台が立ち並び、一〇〇円、二〇〇円ほどでさまざまな銘酒が提供される。
パンあり、ハムあり、ソーセージあり、ほろ酔いの人々の顔が輝き、あたりはすっかり縁日気分である。
ワイン祭は各地で催されるが、この辺りでは、フライブルクを皮切りにして、七月末にシュタウフェンで「バーデン辺境伯領ワイン祭」、八月半ばにエンメンディンゲンで「ブライスガウ・ワイン祭」、八月末に「カイザーシュトゥール・ワイン祭」といった具合に目白押しだ。
日照と水はけのよい斜面には必ずといってよいほどブドウ畑が見られる土地柄である。
酔眼膳騰として聖堂の北側の壁を見ると、一見子供のいたずらのような線刻がある。
サッカーボールやラグビーボールのような形をしているが、これは公定のパンの大きさを示しているという話だ。
もちろん昔のことで、もし僕の見違えでなければ、ローマ数字で「主の紀元一三二〇年」とあった。
見上げれば聖堂の軒から奇妙な怪獣がのぞいている。
これは屋根の水を落とす実用と魔除けを兼ねた装飾の用をなすもの、樋噴とかガーゴイルと呼ばれ、確か故堀米庸三教授がフライブルクやプラハのそれについて香り高い文を書かれたことがある。
類似のものは日本でも見られ、一橋大学本館などの「怪獣」が、ある著名な写真家によって雑誌に紹介されたこともあった。
聖堂広場の南側に紅殻色のひときわ鮮やかな建物がある。
正面アーケードの上部にマクシミリアン一世、カール五世、フィリップ一世、フェルディナントー世という、四人の君主像が鎮座ましましている。
「カウフハウス」と呼ばれるこの歴史的建物は、一五二〇年にできたというから、国王像などはむろん後からつけ加えられたのだろうが、両端にあるエルカーは特に有名だ。
その赤、白、緑の色鮮やかな鱗瓦の小屋根はオーストリアやチェコの教会や塔の屋根を思わせるが、おそらくそれはフライブルク地方がかつて「フォルダー・エスターライヒ」、つまり上ライン・オーストリア領とでもいうべき、ハプスブルク家の飛び領地だったこととも関係していよう。
ツェーリング家が一二一八年に途絶えた後、一三六八年にフライブルクはハプスブルク家の庇護下に入ったのだった。
僕はこの建物の二階ホールで、アルフレート・ブレンデルによるシューベルトのピアノ曲「さすらい人」の講習と演奏を聴いた。
いや、演奏と言わないで解釈と彼が繰り返し言うのが印象的だった。
技術だけではない音楽への取り組みが感じられたのである。
また夏の夕べには大聖堂で何度か、マリー・クレール・アランなどのオルガン演奏を聴いた。
ニュルンベルクやレーゲンスブルクでもそうだったが、聖堂での演奏では拍手をしないのが慣例であり礼儀であるらしかった。
暖房などは一切ないから、石造りの聖堂でのオルガン演奏会は夏がふつうである。
聖堂広場から人二人は並んで歩けないほどの狭い小路をワイン酒場「葡萄」亭を横目で見ながら南の電車通りに出るとすぐに、シュヴァーベン門に至る。
中世の五つの市門の一つを修復したものだ。
ここから環状道路を渡って城山の道をたどれば、一歩ごとに町の輪郭があきらかになり、やがて遠方にカイザーシュトゥールが姿を現す。
門の南に向かえば、ドイツ最古と称される旅館「熊」亭がある。
一三八七年創業というのだが、実はこの「最古のガストハウス」、つまり宿と料亭を兼ねた店、というのは微妙な問題のようで、ヘッセンとバイエルンとバーデン・ヴュルテンベルクの三州が接するマイン河畔のミルテンベルクという、小さな美しい町にも「巨人」亭というドイツ最港古を誇るガストハウスがあり、二一世紀の赤髭皇帝北がおなり遊ばした、とかなんとか伝えられている。
「熊」亭のすぐそばには、元は修道院だったアウグスティノ美術館がある。
グリューネヴァルトその他フライブルクには数々の思い出がある。
僕はここで車の運転を習い、十数万で買ったボロ車に乗って、今思えば実に危なっかしい運転であちこちに出かけた。
きりがないから、その中で一つだけおいしい情報を書いておこう。
街から一〇キロほどの小高いところにホルベンという所があった。
フライブルク自体がシュヴァルツヴァルト山地の麓のようなものだが、ホルベンはちょっとした癌程度の山といってよいかもしれない。
ところがこの山上に素敵においしいケーキ「キルシュ・トルテ」を食べさせるカフェがあったのだ。
その頃の上ライン地方の美術品を集めているが、僕はここで初めて「マイスターH・L」と呼ばれる無名の巨匠に出会った。
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